『愛執罪。』に寄せて。
10/27に、演劇ユニット愚者愚者 第二回公演『愛執罪。』東京公演が無事に幕を下ろしました。
それに寄せて、なんですけど。
書くにしては随分遅くなりましたが、これには一応僕の中では理由があって。
今日、大阪公演の方も、きっと無事に幕を下ろした、はずなんです。
今頃B班のみんなは打ち上げを楽しんでいるだろうな、と思いながら。
このタイミングじゃないと、この公演に対する個人的な感想とかも書き散らかす気になれなくて。
本当にたくさんのお客様に足を運んでいただいて、様々な形で向き合っていただけて、有り難い、本当に有り難い事だなと思いました。
僕の主観なんですけど、今回の座組の皆さんって、円になっていたなぁって思ってるんです。
A班もB班も別け隔てなくひとつの円。
近しい役同士は隣り合って、関わりの薄い役同士でも向い合って、誰も、誰とも関わらない事がない形。
その円の真ん中に、脚本があったのか、はたまた久我真悟という男がいたのか、それとも現実がただ転がっていたのか。
その辺はどれも正解だし、それだけとも言い切れないような感じなんですけど。
ただ、そうやって円になってずっと内側と向き合っていくうちに、どうしても各々が苦しんだり傷付いたりしていく様子も見る事になって。
場合によっては手を繋いで一緒に傷付く事にもなって。
台本を掘り下げていけば行くほど、終演後に久我さんが語ったように、フィクションの中に確実にあるノンフィクションの人たちに胸を痛めたり、遣る瀬無くなったり、これからの関わり方を思ったりしていく事になって。
でも、誰も逃げようとしなかったなって。
日に日に歩み寄って、みんな傷付いてたなって。
それでも結構稽古の外では笑い合う時間もあって、それに救われたりしてて。
このお話って、ドラッグはダメだよって事だけじゃなくて。
愛と依存って話ってだけでもなくて。
自分勝手に見える人たちの中にある、苦しさに気付けるようになりたい、みたいな。僕にとってはそんな話だったかなって、思うんですよね。
あ、野暮だったらごめんなさい。
あくまで、座組を見たり、脚本をたくさん読んでみて、僕はそう感じたっていう主観的な話なんです、これ。
正しさを突きつける前に、してあげられる事は、気付いてあげられる事は、ないかなって。
そういう考え方を持てるようになりたいな、なろうなって。
今回の座組の皆さんに、そして一緒に向き合って過ごした1ヶ月半の中で、何より、たくさんの言葉で伝えてくださったお客様のご感想やご意見から、僕が与えてもらった一旦の結論みたいなもの、です。
これから先また、変わっていくかもしれないけど、今は、こういうのを、寄り添うって呼んでいたいなって、そう思います。
ここまでのは本当に僕の勝手なあれなんですけど、次の一言だけは少しだけ心に留めていただけたら嬉しいなって思います。
しんどいなって思う時はめちゃくちゃ気軽に誰かに相談してください…!
それだけです。
もしかしたら、演劇ってお客様に楽しんでいただく為だから、エンタメっていうか、こう
『わあ〜楽しかった!』って思っていただける形じゃないとって、どっか思ってたかもしれません。
いや、今までも、何度もただのエンタメとは言えない作品に関わらせていただいてきました。
その度、やっぱり尖った部分については慎重に考えないとと構えていたんですけど。
今回はなんていうか、傷付く事とか、傷付ける事をそのまま全部、まるっと抱き締めて、覚悟を決めないといけなくて。
もちろん慎重になるところはあったんですけど、あくまで表現としては遠慮してはいけないっていうか。
それはそのまま自分自身のしんどさとか、負担とか、負荷になっていって。
ものすごく、笑ってくれてもいいってくらいの話なんですけど。
あ、こっから先は本当に自分と役の個人的な話なんで読み飛ばしていただいても大丈夫です。
興味のある人だけでも読んでいただけたら。
裕介という役、彼を預かって、彼から誠へどうしても連絡して伝えたい事が、あって。
台本の上では描かれなかった、僕が勝手に、彼はきっとそれをずっと躊躇っていただろうなって思っていた部分なんですけど。
どんな感じだったんだろうって、想像してみようって、スマホを手にとって発信画面を開いたんです。
お腹の奥が重くて、心臓がやけに軽くて、そのままずっとベッドの前に蹲って、気付いたら夜中の3時で。
別にこんなもの夢中になってた自分の勝手だし、彼の人生を歩いたなんて言うつもりもないんですけど。
あの時間だけは、多分、きっと、僕自身の人生を歩けてもいなかった、そんな時間だったなって。
ね、笑うしかないでしょ、こんな話。
もっとたくさん書き散らかしたい事はあるんですけど、長くなっちゃったし、この辺で。
改めまして。
一緒に板を踏んだA班の皆さん。
A班の気持ちも背負って大阪まで足掻き続けていた、B班の皆さん。
作品を創っていく為に表の事も裏の事もたくさんやって、ずっと引っ張ってくれた愚者愚者の3人。
受付からチケット管理、雑務も含めて縁の下で支えてくださった三栄町のスタッフの皆さん。
名前も知らないけれど、自分たちの真実を語って聞かせてくださったであろう、久我さんが言っていた取材先の方々も。
応援してくださったお客様も。
ご来場いただいたお客様も。
関わっていただいたすべての皆様へ。
本当に、ありがとうございました。
最後に、無事に終えたB班の皆さんと、B班へエールを送った日のA班の皆さんの写真を添えて。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
それでは。